2005年08月01日

(13) 遠ざかる火星に思いをはせて『惑星』はいかが

今年も、十月になってしまいました。稲の刈り入れも終わり、少しずつ秋が深まってきました。九月上旬のうちは、まだはっきり見えていた火星もいつの間にか遠のきつつあります。昔から、火星が接近すると戦争が起こるといわれていますが、今年はアメリカとイラクの戦争があり、あながち嘘ではないようです。次の大接近は二百八十四年後とか。

 火星にまつわるクラシックの曲としては、イギリス人ホルストが作曲した管弦楽組曲「惑星」が有名です。地球と、作曲当時まだ発見されていなかった冥王星を除く七つの惑星を扱っています。

 第一曲は火星です。戦争をもたらすものの象徴として描かれ、一貫して戦闘的で、持続する強烈なリズムで貫かれた曲です。

 第二曲は金星です。一転して平和を表現した安堵感のある曲になっています。

 第三曲は水星です。水星の英語マーキュリーは水銀をも意味し、あたかも水銀がコロコロ転がるような曲です。

 第四曲は木星です。惑星最大の星であり、この組曲の中でも一番規模が大きく、いちばん有名な曲でしょう。あのダイアナ元皇太子妃の葬儀の時に演奏された曲が第二主題として現れます。

 第五曲は土星です。老年を表現している曲です。老後の不安、人生の達成感など、人生の秋を感じさせます。

 第六曲は天王星です。魔術師を表現しています。呪文のようなファンファーレで始まり、ファゴットのおどけたリズムがいろいろ変化しながら次第に激しくなり、パイプオルガンの強烈なグリッサンドで頂点に達します。デュカス作曲「魔法使いの弟子」と双璧をなす魔術師を描いた音楽の傑作です。

 第七曲は、海王星です。発見当時はまだ神秘のベールに包まれた星であったようです。曲のほうも終始弱音で演奏され、途中から舞台裏では歌詞のない女性合唱和音が始まり、次第に消え入るように終わります。

 演奏ですが、何十種類ものCDが出ており、どれを聴いていいか迷いますが、デーヴィッド・ロイド=ジョーンズ指揮ロイヤル・スコテッシュ管弦楽団(ナクソス)はいかがでしょうか。最新録音で音も良く、廉価です。そして何より、ホルスト研究家のコリン・マシューズが自ら作曲したという「冥王星」が入っています。 毛色の違ったところでは、フランス物のスペシャリスト、デュトワ指揮モントリオール管弦楽団(ポリドール)の「惑星」はいかがでしょうか。デッカの素晴しい録音によって、コントラバスの低音、チャーミングな鉄琴の高音が明瞭に聴くことが出来ます。また、時折、フランスの管弦楽曲を思わせる色彩美も感じられ、一風変わった「惑星」を聴くことが出来ます。 ああ、日本も含めて犯罪、争いが絶えない地球に、今度は金星が大接近して平和をもたらしてくれればいいのですがね。
             
著者:岩井市 吹上歯科医院 真中信之先生

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(12) B級グルメの春はいかが

 桜の季節もあっという間に過ぎて新緑の季節になってきました。あちこちで、田植えが始まっているのではないでしょうか。私の家の周囲も、レタスから、ねぎの出荷に変わっています。
 春に関するクラシックの曲で、一般的に有名なものの一つにヴィヴァルディの「四季」の春があります。かなり前に、日本でもいや世界的にこの「四季」というのがブームになって、たくさんの種類のレコードが出ました。しかし、最近はあまり「四季」の新譜は見ません。他の曲に押されて、人気はそらほどではなくなってしまったようです。
 どこかの音楽雑誌で、「四季」のブームの真っ只中に、一般視聴者がどの「四季」の演奏が良かったかレコードの聴き比べを行った企画がありました。もちろん、演奏者、指揮者は伏せてあり、誰が演奏しているかわかりません。聴いたのが音楽評論家ではなく一般の人というのがミソです。そこで堂々一位になったのが、ストコフスキー指揮ニューフィルハーモニア管弦楽団(デッカ)の「四季」でした。
 この演奏が他の演奏とどこが違うかと言うと、オーケストラの人数がすごく多いのです。弦楽フルオーケストラで演奏しているのではないかと思えるくらいの音の厚みがあります。その迫力に圧倒されます。そして演奏の味付けが濃厚で、起伏に富んでいます。一般的な少人数の四季と比べると、各パートの音が判然とせず、バロック特有の各楽器の自由なハツラツとした動きも聴き取れません。また、各楽章の終わりのリタルダンドがずるずると尾を引くようで歯切れが悪く聴こえます。しかし、その圧倒的迫力と、濃厚な味付けによって、B級グルメ的なよさがあり、考え様によってはすごく説得力のある演奏に聴こえます。いかにもストコフスキーらしい、大衆受けする演奏ですが、カラヤンみたいにすましたところがなくかえって、「こんな演奏よくやった!」といういさぎよい気持ちよさを感じます。
 紳士淑女の諸君!高級レストランで食事もいいが、たまにはB級グルメに舌鼓を打つのもいかがかな?ではまた。



著者:岩井市・吹上歯科医院 真中信之先生
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(11) リマスタリングに物申す

 今や、クラシックCD界はリマスタリングが大流行です。まだテープで録音していた頃の音源を、最新のデジタル技術でマスターテープからデジタル化する方法です。デジタル化する方法はいろいろあり、レコード会社によって名前がつけられていたりします。リマスタリングする上でマスターテープをできるだけ忠実に再現しようとするのが基本ですが、若干の味付けを施してデジタル化する場合もあります。最近は、デジタル化作業の有名なエンジニアまで出てきて、だれだれがリマスタリングを行ったなどというようなふれこみのCDまでも出てきました。今回は、リマスタリングによる音の違いについて聴き比べてみましょう。
 初めは、シューリヒト指揮ウィーンフィルのブルックナー交響曲第八番です。一般には、EMIと言う会社からCDが出ています。一九六〇年代の録音としては決して悪くありませんが、やや低音不足で、中音がきつい音になっています。

 一方,同じ音源で、輸入盤のIMG Artistsと言う会社から出ているCDを聴いてみますと、明らかにコントラバス、ティンパニーの音がより明瞭に聞こえるようになっています。そのことによって、音全体がどっしりと安定し、スケールが増大し、壮大なブルックナー八番がよりリアルに再現されています。

 次は、ワルター指揮コロンビア交響楽団によるモーツァルトの交響曲第三十九番です。この録音は、CDになる前の、LPも持っています。これの最新リマスタリング盤がソニーから出ており、「マスターサウンド」と言うソニーの独自のリマスタリング技術が施されています。音は、一聴して非常にクリアでひとつひとつの楽器群が鮮明に浮かんできます。LPから比べると音全体が一皮剥けたような感じがします。しかし、ここからは好みの問題かもしれませんが、私にはいかにもデジタル臭く、厚化粧を施してしまったような感じがしてなりません。私は、この録音のソニー盤のほかに、ODYSSEYと言う会社の輸入盤も持っています。もちろん同一音源ですが、輸入盤の方は音自体やや鮮明さに欠けますが、音全体が溶け合って、LPの音に非常に近くなっており、聴いていて疲れません。こちらのほうが自然に聞こえるのです。
 最新のリマスタリング技術を使っても、演奏をサポートするように働けばいいのですが、かえって演奏の雰囲気を壊してしまっては何にもならないような気がします。これからは、リマスタリングエンジニアの感性も問われることとなるでしょう。
 しかし、最近の女子高生は、クラウンの模型のマージンじゃあるまし(医科の先生にはチョトとわからない?)目のふちに黒く線を書いてみたり、まつげがやたら長かったり、ファンデーション塗ったり、そんな厚化粧せずに、若いんだからもう少し素顔で勝負せんかい!おっと、また中年親父の説教になりそうなんで、今回はこの辺で。

著者:岩井市 吹上歯科医院 真中信之先生
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(10) 高齢者が頑張るクラシック界

 10月から70歳以上の患者さんの医療負担が一割(人によって二割)の定率制になり、実質的な大幅負担増になってしまいました。また数年後には、更なる厳しい負担増があるのでしょうか。年金も危なし、高齢者にとっても大変な時代になってきました。おちおち病気にもなれません。高齢者になっても健康でバリバリ働けて、ある日ポックリってな具合であればいいのですが。

 さてクラシック界に目を移しますと、超高齢者と呼ばれても不思議ではない人たちが第一線で活躍していました。

 昨年の暮、93歳で他界した指揮者の、朝比奈隆、今年はじめに90歳で他界した指揮者、ギュンター・ヴァントの2人は、80歳を過ぎてからカリスマ的存在になりました。それ以後の、特にブルックナーの交響曲の演奏はどれをとっても歴史に残る名演でした。そして、二人とも長期間わずらわず亡くなってしまいました。死ぬ間際まで第一線で活躍し、亡くなるときは潔く。素晴らしいことです。

 演奏家はこうはいきません。ピアニストにせよヴァイオリニストにせよ、高齢による技術の衰えは隠せません。我々歯科医や外科医が、70歳や80歳まで第一線で働けないのと同じです。しかし、今回紹介します2人は、高齢になって素晴らしい演奏を残してくれました。

 はじめは、ピアニスト、アルトゥール・ルービンシュタインです。

 彼の演奏したベートーヴェンのピアノ協奏曲第五番「皇帝」(RCA)を聴いてみましょう。88歳という高齢を全く感じさせない、スケールの大きな、そして長くねかせた銘酒のような深い味わいの、まさに皇帝の中の皇帝という演奏です。彼は、この頃すでに目がほとんど見えなかったとも言われており、驚異的な演奏と言う以外ありません。晩年、ホロヴィッツがテクニックの衰えを露呈したのと対照的と言えましょう。

 次は、ヴァイオリニストのヨーゼフ・シゲティです。

 彼が、69歳の時に録音したベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(フィリップ)を聴いてみましょう。一聴して驚くのは、技術の衰えに伴うヴァイオリンの音の汚さ、演奏の下手さです。フレーズはギクシャクし、音は終始震えており、一般的なヴァイオリニストの音とは著しく違っているのです。しかし、汚さ、下手さとは裏腹に、曲の内面をえぐりだし、高い精神性をもって、聴くものを感動させずにはおきません。私自身、上手くて、美しい音がするベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲はあまり聴く気にならなくなってしまいました。

 70歳を過ぎてからも細々と働きたいと思っている私ですが、健康が許すかどうか。おっと、そのまえに、国から70歳で保険医剥奪されているかも。

著者:岩井市・吹上歯科医院 真中信之先生
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(9) 稲穂から伸びるこの時期に『田園』を……

 私の診療所の周りは、夏、ねぎ畑が一面に広がっています。裏のほうへ行くと、田んぼが広がり、青々とした稲が一面に広がっています。夜になると、かえるの合唱が始まります。私が中学生のころまでは、裏の田んぼから、夜になると蛍もちらほら飛んできたものでしたが、今では全くその姿は見えなくなりました。今、田んぼのわきの小川には、めだかもドジョウもザリガニもいません。区画整理で、小川がコンクリートで固められてしまったからでしょう。区画整理によって、田んぼの形もよくなり、今までは、人が入ると、もものあたりまでもぐっていた深い田んぼも、程よく浅くなって農機具も容易に入れるようになりました。農作業の効率が上がったのは確かですが、自然が失われてしまったのは残念です。
 今回は、こんなことを考えながら、ベートーヴェンの第六交響曲「田園」を聴いてみましょう。
 ベートーヴェンの九つの交響曲の中で、この田園は、戦い、苦しみ、勝利というような人間ドラマが殆ど感じられない唯一の交響曲ではないでしょうか。自然にふれた素直な気持ちを表現した第一、二楽章。第二楽章の最後には鳥のさえずりも聞こえます。第三楽章は、農民の踊り。第四楽章は雷と嵐、終楽章は雨上がりのみずみずしさ。いつも思うのですが、耳が殆ど聞こえなくなってしまった三十八歳のときに、これほど自然描写ができるベートーヴェンは天才というほかありません。
 さて演奏のほうですが、ベートーヴェンのほかの交響曲であれば、指揮者を感じさせる個性的な演奏もすばらしいと感じることがありますが、こと「田園」に関しては、何も考えず曲自体にどっぷり浸かってみたいと思うのは私だけではないでしょう。そこで、やはり最初は、ワルター指揮コロンビア交響楽団(ソニークラシカル)の田園を聴きましょう(クラシックを少しかじった人なら既に持っているでしょうね。)。古い録音のせいか、各楽器の音が溶け合ったなんとも暖かい演奏です。三楽章の若々しい推進力、四楽章の嵐の中でさえ、金管やティンパニーを抑えた表現、時折見せる絶妙な間の取り方、これらは、ムードに流されない、まさにワルターの個性的な表現かもしれません。しかし、全くそれを感じさせずに聴かせてしまうすばらしい演奏です。
 もうひとつ、イッセルシュテット指揮ウィーンフィル(キング)もすばらしい演奏です。ウィーンフィルの美しい木管、金管が聴けるのがワルターの田園にない楽しみです。
 あらっ、裏の田んぼをよく見ると、ちらほら休耕田も。そういえば、両親が農家にもかかわらず、私も朝食は、パンとご飯が半々だなぁ。

著者:岩井市・吹上歯科医院  真中信之先生
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(8) 新世界から

 昨年末からの円安はこのところ一息ついていますが、短期間のうちに二十円近くも円安になってしまったことにはびっくりしました。国債のほうも、格付けがどんどん下がってアフリカの貧国並になってしまう恐れもあるし、株だって上がる気配がない。いわゆるトリプル安地獄にはまりそう。そんな中、これからも円安傾向が続くという可能性が強く、ごく一般の人の中にも円をドルに変えておこうという動きが強くなっているようです。アメリカの景気もそれほど良くないのにやはり、ドルは強いなと感じます。
 そこで今回は、この強いドルの国アメリカを題材にしたクラシックの曲、ドヴォルザーク作曲、交響曲第九番「新世界から」を紹介しましょう。
 ボヘミア生まれのドヴォルザークは、一九世紀の終わりにアメリカ、ニューヨークの音楽院の院長に招かれ、二年間をそこで過ごしました。彼は、故郷ボヘミアの民謡に類似する、ニグロ民謡、黒人霊歌に興味を持ち、両者を融合し、「新世界から」(当時アメリカ大陸は新世界とも呼ばれていました。)を作曲しました。ど田舎であったボヘミアから、近代的大都市ニューヨークに来たドボルザークは激しいホームシックにかかり、それがきっかけでこの曲を書いたとも言われています。土着的なメロディがいっぱい詰まってはいますが、それを普遍的な高い次元で交響曲にした彼の最高傑作といっていいでしょう。特に第二楽章のラルゴは、「家路」という曲で知られ、アメリカで当時大ヒットしました。私も、中学校の音楽の教科書に載っていたような気がします。尚、日本では、年末の第九、年始の新世界と、一月の演奏会に取り上げられることが多い曲です。
 さて、演奏のほうですが、ケルテス指揮ウィーンフィル(デッカ)を聴いてみましょう。当時三十一歳の若いケルテスが名門ウィーンフィルを完全にドライブしたすばらしい演奏です。若々しい躍動感にあふれ、旋律を歌わせるところは朗々と鳴ら、デッカのすばらしい録音とあいまって、第一級の演奏に仕上がっています。テル・アヴィヴの海岸で四十四歳で水死したケルテスが今に生きているならば、間違いなく巨匠になっていたに違いありません。
 次は、クレンペラー指揮フィルハーモニアオーケストラ(EMI)を聴いてみましょう。録音当時八十歳に手が届く年齢になっていたクレンペラーは、「新世界から」をボヘミア、ニグロ民族音楽というような要素を全く無視し、純粋な大交響曲と捕らえ、野暮ったいまでのスローテンポと、異様なまでの木管の強調によって、とてつもないスケールに仕上げています。そこには、今まであいまいになっていた音の細部までもが手にとるようにわかり、新しい発見があるに違いありません。
 やはり、アメリカは強い、ドルは強い。かつては、九十円以下の時もあった円よ、帝王ドルに降れひす時が来たのか!運命や如何に。

岩井市・吹上歯科医院 真中信之先生
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(7) 英雄その2

 今回はベートーヴェン以外の作曲家の英雄に関する曲のひとつとして、リヒャルトシュトラウス作曲、交響詩「英雄の生涯」を紹介します。
 リヒャルトシュトラウスは後期ロマン派に属する作曲家で、著名な指揮者でもありました。彼は、華麗なオーケストレーションでひとつの物語を語っていく交響詩をたくさん作曲しました。その中で、「英雄の生涯」は、リヒャルトシュトラウス彼自身の生涯を英雄になぞらえた曲で、作曲当時はまだ30歳半ばでした。天才リヒャルトシュトラウスは、30歳半ばで自分の生涯を悟ってしまったのでしょうか。実際は、1950年85歳で没しました。曲のほうは六部に分かれており、さながら、小泉総理の総理在職中の物語のようです。

第一部、英雄の登場‐小泉総理が構造改革を掲げ、高い支持率で、さっそうと登場。
第二部、英雄の敵‐構造改革を妨げる、族議員、官僚、その他の団体(医師会、歯科医師会も入るかな?)
第三部 英雄の伴侶‐田中真紀子外相(今は逆にお荷物)、塩じい、石原行革相、竹中平蔵氏、支持率
第四部 英雄の戦い‐現在の小泉総理。構造改革をすすめていく中での敵との衝突。
第五部 英雄の業績、そして第六部 英雄の引退と完成、と続きます。

 さて、演奏のほうですが、華麗なオーケストレーションを味わうなら、カラヤン指揮ベルリンフィル(ドイツグラモフォン)が良いでしょう。各パートをたっぷりと鳴らせ、弦の高音域の美しさは比類がありません。録音も優秀で、聴き終わった後は、おいしいフランス料理を目いっぱい食べたときの満足感にたとえられるでしょう。
 もう1枚、別な角度からとらえた演奏として、マゼール指揮クリーヴランド管弦楽団(ソニークラシカル)の演奏はどうでしょうか。これは引き締まった「英雄の生涯」です。リヒャルトシュトラウス特有の弦の甲高い音が決してうるさくありません。音もだぶつきがなく、豪華絢爛たるオーケストレーションを望むとはぐらかされしまいます。奇をてらったテンポの無駄な動きや、金管の勝手な咆哮を禁じ、ある意味ではかなり禁欲的で繊細な演奏です。聴いた後のジワーと胸にくる感じは、シンプルゆえの感動ではないでしょうか。さながら、繊細な京懐石料理をいただいた後の満足感にたとえられるでしょう。

 小泉内閣は現在第四部の英雄の戦いの状態です。この交響詩「英雄の生涯」のように、めでたく敵との戦いに勝利を収め、英雄の業績となり、無事構造改革を成し遂げ引退できるのでしょうか。

著者:岩井市・吹上歯科医院 真中信之先生
posted by 茨城県保険医協会 at 14:29| 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ブレイクタイム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

(6) 小泉総理は平成の英雄?

 参議院選挙に大勝し、空前の支持率を誇る小泉内閣とって、いよいよ構造改革を具体的に推し進める時期に来ました。しかし、失業率は上昇するし、株価は下落する一方、頼みのアメリカ経済もIT中心に冷え込み、追い討ちをかけるように同時多発テロが発生し、本当に頼みになるのは支持率だけのような気がします。果たして小泉総理は平成の英雄になれるのでしょうか。ということで、今回は英雄をテーマにしてみました。
はじめは、言わずと知れた、ベートーヴェンの第三交響曲「英雄」です。ベートーヴェンは、はじめこの曲をナポレオンに捧げようとしましたが、ナポレオンが皇帝に即位したのを知り激怒したというのは有名な話です。第二交響曲までは、先人のハイドンの影がちらほらしますが、彼の本領が発揮されるのは、この英雄交響曲からだと思います。 
 
 第一楽章のはじめにチェロが弾くあの簡単なテーマから、とてつもなく発展して広がっていく様は、饒舌に尽くしがたいようなそんな気にさせてくれます。終楽章は、当時としては野心的とも思われる、変奏曲形式を取り、変奏曲全体がまたソナタ形式のようにもなっているというユニークなものでした。
 さて、演奏のほうですが、CDタイトル数で百以上は軽くあると思われる英雄のいろいろな演奏の中から、どれを選んだらよいのか非常に難しいことで、ましてや、わたしはその中のほんの一部の演奏しか聴いていません。そこをあえて選んでみました。
 フルトヴェングラーの演奏はいかにも録音が古すぎる、カラヤンはきれいで整いすぎて深みがない、バーンスタインは脂っこくってしつっこい感じがする。その中で、いつも聴いてしまうのが、ヨッフム指揮、ロンドン交響楽団(EMI)の英雄です。
 ドイツ伝統的な演奏の上に、いい意味での軽さ、躍動感があり、そこにヨッフムの生まれた南ドイツの明るさが差しています。また、七〇歳を過ぎた指揮振りとは思えない、金管を思い切って吹ききっているはつらつさがあります。特に第一楽章のコーダの最後の部分では、一般に弦が前に出て金管は引っ込んで聞こえるところを、おかまいなしに金管を高らかに吹き鳴らし、第二楽章では、随所でこれほどまでにホルンを朗々と鳴らした演奏も珍しいでしょう。この埋葬行進曲を聴くと、なぜか一種のカタルシスさえ感じるほどです。この演奏の延長線上にはヨッフムの大好きなブルックナーの姿が見えてくるようです。
 小泉総理よ。デフレスパイラル、株価低迷、失業率の増加という平成不況が国民の心のカタルシスになって、構造改革へと導く力になるのでしょうか。

著者:岩井市・吹上歯科医院 真中信之先生
posted by 茨城県保険医協会 at 14:27| 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ブレイクタイム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

(5) じめじめした梅雨時にはハイドンはいかが

梅雨の季節がやってきました。4、5月と雨量が少なく、一部で取水制限が出ていましたから、梅雨らしい梅雨になってほしいものです。しかしながら、梅雨になれば、洗濯物は乾きにくいし、カビは生えるし、食中毒も増え、うっとうしい季節には違いありません。そこでこんな季節には、どこか乾いていて、じめじめした梅雨時の湿気を吸収してしまうようなハイドンの交響曲はいかがでしょうか。
 ハイドンは、ソナタ形式、交響曲、弦楽四重奏曲などの形式を確立した作曲家で、交響曲は104曲も書きました。曲想が、モーツァルトやベートーヴェンのように人間の心の悲しみ、葛藤、勝利みたいなものを表現するようなものではなく、淡白でどこか乾いているのです。それゆえ、最近のコンサートではあまり人気がなくなってきているし、新しい録音も少ないような気がします。しかし、大オーケストラで聴くハイドンは、まだまだモーツァルトやベートーヴェンに負けないところがあると思います。
 はじめは、ヨッフム指揮ロンドンフィル(ドイツグラモフォン)の93番を聴きますか。ヨッフムの演奏は、指揮者を意識せず、ハイドンに素直に入っていける良さがあります。録音もグラモフォン特有の何か広がりの少ない乾いているような音で、ハイドンの「乾き」にぴったりしているようです。 
 つぎは、クリップス指揮ウィーンフィル(LОNDОN)の94番「驚愕」を聴きましょう。40年以上前のステレオ録音でヒスノイズが少々気になりますが、厚みのある音とつやのある音色でウィーンフィルの美しさが存分に表現されています。ウィーン生まれのクリップスもキビキビしたテンポと歯切れのいいリズムで「驚愕」をすっきりと仕上げています。
 最後は大御所、チェリビダッケ指揮ミュンヘンフィル(EMI)の第104番「ロンドン」を聴いてみましょう。この演奏は、ハイドン当時のオーケストラの規模、テンポを無視し、大オーケストラと、スローテンポによって巨大なスケールで表現されたすばらしいものです。この演奏を聴くと、ベートーヴェンの交響曲にバトンタッチできる曲であることがわかるような気がします。
 おっと、部屋に洗濯物を干してハイドンを聴いているあなた。スピーカーのコーンが水分を吸って、いくらハイドンでも音が湿ってしまいますよ。お気をつけて。

著者:岩井市・吹上歯科医院 真中信之先生
posted by 茨城県保険医協会 at 14:23| 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ブレイクタイム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

(4) 春うららのときは、思春期を懐かしむマーラーの巨人はいかが

 4月は出会いの季節です。入園、入学、入社と新しい出会いが待っています。しかし同時に、環境の変化も著しい時期です。特に、中、高校生のころは、子供から大人への移行期で、肉体と精神が何かしっくりこなくて、ただでさえ不安定な時期なのに、著しい環境の変化があればなおさらのこと。少しのことで悩んだり、有頂天になったり、周囲とうまくやっていけなかったりと、いろいろな問題行動や事件もこの世代に集中しています。
 こんな春うららの時期、思春期の不安定な心情を表現しているクラシックの曲は、マーラーの交響曲第1番「巨人」ではないかと思います。第一楽章は、むせ返るような春の息吹が存分に詰まっています。森の夜明けとともにカッコウの鳴き声、狩人の角笛等が次々と現れ、これからすべてのものが新しく生まれ、春の喜び、言い換えれば青春の喜びを体全体で浴びることができるような気がしてきます。第二楽章は、これまた、春の訪れを喜ぶような田園円舞曲ともいえるでしょう。
 第三楽章は一転して、埋葬行進曲の様相を呈し、終楽章は奈落の底に落とされたのではないかと思うくらいの青春の痛みとそこから這い出し、希望ある明日にまた歩みだす力強さが表現されています。爛熟した世紀末の華麗なオーケストレーションで、人間の美しさ醜さ弱さ力強さが表現され、彼の9番と同じくらい圧倒的な感動(9番とは少し感動の内容が違うかもしれませんが。)を受けるのは私だけではないでしょう。

 さて、演奏のほうですが、第一にはマーラーと同じユダヤ人指揮者バーンスタイン指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(ドイツグラモフォン)を聴きましょう。バーンスタインは、ポルタメント、ルバートを多用し、自分がマーラーになり代わって指揮しているかのような曲との一体感と濃厚な味付けで、聴くものをマーラーの世界にぐいぐい引き込んでしまいます。ユダヤ人ゆえになしえたすばらしい演奏です。
 一方ショルティ指揮シカゴ交響楽団(デッカ)は、バーンスタインが病的マーラーと言うならば、あっけらかんの健康優良児マーラーと言えるでしょう。曲を客観的に突き放し、後は、機能的には世界有数のシカゴ交響楽団を完全にドライブし、華麗なるマーラーのオーケストレーションを竹を割ったようにすぱっと気持ちよく表現し、マーラーの本質をついているかは別として聴き終わった後の爽快感はショルティならではでしょう。
 くよくよ悩んでいるときには、あまりのめり込まずに、一度客観的に自分を突き放してみるのも時としてよい方法ですが、なかなかそれができないのが思春期だったりして。
 では今回はこの辺で。
                        
著者:岩井市・吹上歯科医院 真中信之先生
posted by 茨城県保険医協会 at 14:18| 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ブレイクタイム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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